2013年10月30日水曜日

Phase 1-2: Workshop by Edwin Gardner from monnik

On 28 September, there was a workshop by the founder of monnik Edwin Gardner. First he gave us a presentation on his works and ideas about the city. Then the participants had a group discussion and share each group's ideas to all. Students from University of Adelaide also joined the workshop.
9月28日は、オランダ・アムステルダムにてリサーチラボラトリー「monnik」を主宰するEdwin Gardnerによるワークショップを行いました。まず初めにEdwinによるレクチャー、その後でグループに分かれてのディスカッション。最後に全体で発表をしました。今回もアデレード大学の学生が参加しました。

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Edwin said "Monnik is founded and run by Christiaan Fruneaux, Edwin Gardner and Vincent Schipper. we are a laboratory for investigation, imagination and storytelling. We are fascinated by the triumph and tragedy of modern life. We make texts, objects and events."
Edwin 「monnikは、ChrisとVincent、私の3人によって設立されたラボラトリーです。活動は様々な形態をとりますが、興味を持った事柄についてリサーチや分析を行い、その結果を記事にしたり発表したり、また展示を行うこともあります。私たちが関心を持っていることの一つに『文化と自然の差異』がありますが、それを象徴する興味深い話を紹介します。小さな子どもが「Wow Wow(ワウワウ)」「Auto(アウト)」という2つの単語を話すようになったそうです。Wow Wowは動物や木、川など自然界のもの、Autoという時は車や家など人が作ったものを差しているそうです。小さな子どもすら本能的にその違いを理解しているという点が印象深いと思います。ここ1年半ほど興味を持っているテーマは『現代社会が勝ち得たものと悲劇』についてです。」



Edwin also talked about Still City Project which they did workshops in Tokyo with international participants.
昨年東京でワークショップを行ったStill City Projectについても紹介しました。
「このまま世界が成長し続けると、2050年頃には人口に対して資源が不足することが予想されています。経済成長や技術革新、人口増加といった現代社会における"成長"の価値観を超えた、Still Cityという包括的で持続可能な社会のあり方を模索するプロジェクトが、Still City Projectです。昨年秋に、遠くない未来にそうした危機に直面することが予想される東京を対象に、Still City Tokyo Workshopを開催し、リサーチやワークショップを行いました。」

また、同じくmonnikがテーマにしている都市のあり方の説明として、自動車製造が機械化されたファクトリーオートメーションの映像と、20世紀後半から21世紀初頭のアメリカの生産と雇用に関するグラフを参照しながら、労働と雇用の問題についても言及しました。
「産業革命やファクトリーオートメーションによって製造の機械化が行われ、社会はより少ない労働力でより多くの製品を作れるようになりました。肉体労働に変わってIT等の知的労働も増えましたが、機械化によって人間を雇う必要性が減ったことも事実です。アメリカの生産力と民間企業の雇用を示したグラフを見ると、生産力が右肩上がりなのに対して、雇用は2000年ごろを区切りに停滞し、2009年の経済危機以降はさらに減少しています。」






Then, making up a 4-5 people groups, students had a discussion when or where they feel EASE / COMFORT, AWE / ALIVE, MELANCHOLIA, and ANGER. ワークショップとして行ったのは「都市の中でどんな時に、またどんな場所で『安らぎ、安心』『畏敬、活動的な気持ち』『憂鬱な気持ち』『怒り』を感じるか」のディスカッション。キーワードごとに4つのグループに分かれて話し合いをしました。アデレード大学とCITY TALESの参加者の混合グループを作ったため、文化的背景の違いが感じられるディスカッションになりました。






After the discussion, each group did a presentation.
40分ほどの話し合いの後、各グループが発表を行いました。
EASE(安らぎ)については、自然に関することが多く挙げられました。日本とオーストラリアの違いが表れていたのは、アデレード大学の学生が「馬の背中に乗っている時」「クリスマスツリーの匂い」を挙げたのに対して、同じグループだったCITY TALES参加者の井本さんは共感しにくいということでした。また東京で感じられる安らぎで特徴的だったのは「街のなかでヘッドフォンをしているとプライベートな聖域が作れる」、「録音された鳥の鳴き声が街の中で流れているなど、人工的な自然が作られている」といった意見でした。



アデレード大学の学生が東京で感じたAWE(畏敬)/ALIVE(活動的)は「統制のされかた」。例えば電車が時間通りに発着することやコンビニエンスストアの店員の対応など。とても狭い土地にたくさんの人がいて、それでもきちんと整備されている点に驚いたそうです。CITY TALES参加者でジャカルタ出身のプジさんも、東京には「常に動いている」「忙しい」印象を持っているそうです。
また、2グループの発表を聞いて、Julianは「EASEはオフの状態、AWE / ALIVEはオンの状態と言い換えられるのではないか」と指摘しました。

 

次はMELANCHOLIA(憂鬱な気分)。アデレード大学の学生は「新宿駅で道に迷ってしまった時」に感じたそうです。「東京はなんて大都市なんだろうと感じると同時にアデレードの小ささを懐かしく思った」とのことで、何かを体験することで過去の記憶が呼び起こされることについても話題になりました。CITY TALES参加者の小島さんが話したのはライブハウスで感じる憂鬱さについて。渋谷のライブハウス・クラブは地下にあることが多いけれど、キリスト教の世界でも地下はカタコンベとして使っていたり、円山町は元々お墓だったという土地柄も関係しているのではないか、またドラムの音やリズムが古代的な音に感じるからではないかという興味深い考察もありました。
最後にANGER(怒り)。まず挙げられたのは「混雑」でした。アデレード大学の学生が指摘したのは、東京では駅の人ごみ、オーストラリアでは町中の車の混雑という違いでした。また、公共空間でルールが破られることに対して怒りを感じるのではないか、という意見に対しては、Edwinから「(東京の)電車で若い女の子を叱る年配の女性を見たことがあります。女の子が何か好ましくない行動をしていたようで、それを指摘しているようでした。間違った行動を正すことで、女性自身は心地よかったのかもしれませんね」というコメントがありました。






これまで出た意見を元に、最後にEdwinからのコメントです。「”安らぎ”という感情を一つとってみても、様々な違いが出ました。対極と思われる考えもみられましたが、これは個人のバックグラウンドの違いから来ていると思います。欧米では、小さい頃から人前で自分の考えを表明したり、立場をはっきりさせることが求められます。それに対して、日本人はグループでの調和、他人に受け入れられる行動は何かを考え、相手がどう反応するかを見て行動しますね。そういった違いからも、何が心地よいかという価値観が変わってくるんでしょうね」Julian「そうですね。一緒に、孤独になりましょう(being alone together.)」


Also, hereby a participant Mr. Imoto shows his feedback.
参加者の井本さんの感想を以下に掲載します。

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I had a hard time to listen to the speech in English.
Some point which I was impressed is "difference" about sensitivity to the City between people in Adelaide and people in Tokyo. They connected a word "Ease" with hill, skyline, riding horse etc... These are never appeared in my mind.
So my conclusion is that "City" should be connected to sensitivity with people living there no matter how modern or convenience or beautiful.
正直、あまり英語を聞き取れなくて苦労をした。
それでも印象的に残っているのは、Adelaideの学生が感じる、都市に対するsensitivityと、僕が感じるsensitivityには大きな差があったこと。例えば、"Ease"として、hillやskyline, riding horseなど、想像もつかない回答がたくさんあった。
なので、街というのは、単にモダン、便利、奇麗なだけでなく、そこに住んでいる多様な人のbackgroundなどを考慮することで、住みやすい街が出来るのかなと思った。

2013年10月4日金曜日

Phase 1-1: URBAN FIELD TRIP - ALTERNATIVE MODERNISM by Julian Worrall

On 14 September, the moderator Julian took the participants to a field trip from Shimbashi Station to Tokyo Station. Before the field trip, there was a discussion about "city". Students from University of Adelaide also joined.
9月14日のワークショップには、スタディーツアーで来日中のアデレード大学の学生も参加。メインイベントはJulianによるフィールドトリップですが、そのブリーフィングを兼ねて、前回のオリエンテーションでJulianから出された問いに基づきディスカッションを行いました。「東京/アデレードのイメージは?」「東京/アデレードを象徴する場所やものは?」など、都会的な東京と自然が豊かなアデレードの違いもあって、とても興味深いディスカッションになりました。その後、Julianによるフィールドトリップへ。新橋駅からスタートして東京駅まで、3時間ほどかけて歩きました。



Here is a report on the field trip.
◎ Shimbashi station / SL square(新橋駅/SL広場) 
“Square” is a symbolic space and has important meaning in western history. Because...
People / market gather there = the heart of the city
There are important buildings, state buildings, palace etc.

How about in Tokyo? In old Tokyo, bridges were important, and people, market, and entertainment gathered there. In 1872, the starting point of modern era in Japan, the first railway system opened from Shimbashi to Ueno, and ”square” emerged around there.
フィールドトリップの始点は新橋駅前のSL広場です。
Julian「『広場』は象徴的な場所で、西欧の歴史では重要な意味を持っています。それは、人や市場の集まる街の心臓部分であり、市庁舎や宮殿など重要な建物がある場所だからです。東京ではどうでしょうか。昔は、人や市場、歓楽のある場所として『橋』が重要な意味を持っていました。1872年、日本の現代史が始まった頃に最初の鉄道が新橋から上野間で開通し、ここに『広場』が作られました。」



Julian said ”You'll find symbolic architecture, making "square" in Tokyo, such as police box, advertising, sign of Lions club, and minor monument(bronze statue).”
Police box : This is made to maintain the order of public space. This surveillance system was made in Tokugawa regime.
Advertising : Screens deliver the news, and billboards show commercial culture. These things show freedom in public space.
Sign of the Lions Club : The Lions Club was privately set up for keeping public order, in fact, it looks like the police.
Minor monuments (bronze statues) : Shapes of lion, a woman with a dog and naked woman...these subjects are looked in many places in Japan. But Who made these? Statues have a positive message, but nobody knows and minds.”
Julian picked up a statue “the Fountain of Love (愛の泉)”, 1974. This statue shows all come together and love each other at Shimbashi. So, 40 years ago, did nobody come together and love each other at Shimbashi ? In fact, there is a secret history on SL square. After the WWⅡ, the black market opened and had maintained. But in 1964, when Tokyo Olympic was hold, a clean image of the city became important and the black market disappeared. But the rest of this is in New Shimbashi Building, particularly in the underground shopping center.
Like this, many things made in different times exist, and these were not designed. But you go to opposite side of SL square, you will find the designed architecture in 21st century.

「日本には『広場』を形成する象徴的な建物がいくつもあります。例えば交番、広告、ライオンズクラブの看板、小さな銅像など。交番は、公共空間の秩序を保つために作られました。この監視制度は徳川時代にできました。液晶画面がニュースを映し出し、ビルボードには広告が掲げられています。これらは公共空間の自由さを示しています。ライオンズクラブは、公共の秩序を保つために指摘に作られた団体です。実際のところ、警察のように見えます。ライオン、女性と犬、裸の女性…様々な形をした小さな銅像があります。これらは日本の至るところにありますが、いったい誰が作ったのでしょう。像は前向きなメッセージを持っていますが、誰も意識していません。」
Julianは、1974年に作られた「愛の泉」という像を例に挙げました。「この新橋にある像は、皆が集い、お互いを愛しましょうというメッセージを示しています。では、40年前は新橋には誰も集まらずお互いを愛していなかったでしょうか。実はSL広場には隠れた歴史があります。第二次世界大戦後、闇市が開かれていたのです。しかし1964年に東京オリンピックが開かれ、清いイメージが重要になったため、闇市はなくなったのです。ニュー新橋ビル、特に地下のショッピングセンターにはその名残が見られます。このように、違った時代に作られた多くのものがここに存在し、これらはデザインされたものではありません。しかし、SL広場の反対側(汐留側)に回ると、21世紀にデザインされて作られた建築物を見ることができます。」

◎ Old Shimbashi railway station(旧新橋停車場)
This was made in 1872, and rebuilt in 2006. This is not the original, but the replication of the old building. The Old building was destroyed by the earthquake in 1923. Julian said ” This was “futuristic” in 1872, big and heavy, made by stone, and monument in the city, by contrast with wood houses and lower life style using tatami and shoji.” 

旧新橋停車場は、1872年に建てられました。現物は1923年の関東大震災で倒壊したため、この建物はレプリカです。
Julian「これは1872年時点では『未来的』な建築物でした。木造の畳と障子で作られた建物と比べ、石造の大きくて重い、街の記念建造物だったからです。」



◎ Nakagin Capsule Tower Building(中銀カプセルタワービル)
This was designed by a member of the Metabolism group, Kisho Kurokawa, and constructed in 1972. This is an emblem of 1960s, shows optimism, dynamism, enthusiasm in the period of high economic growth. Many companies rented rooms and used like a hotel for young business men who could not catch the last train.
This will be rebuilt in the near future because of some demerits (for example, because of the shape, it’s difficult to maintain the building). In Japan, building is the thing to be consumed and does not have durability. “Is this match with your futuristic image?” Julian said. And he asked participants “In 2050, if this building is re-rebuilt, architects make it as historical memory of 20th century?”
中銀カプセルタワービルは、メタボリズムを提唱したグループの一人、黒川紀章によってデザインされ、1972年に建設され ました。1960年代の象徴であり、高度成長時代における楽観主義やダイナミズム、そして熱狂を見て取ることができます。多くの会社がここに部屋を借り て、終電を逃した若い会社員が泊まれるホテルのように使っていました。
この建物は近い将来立て直されることが決まっています。日本では、建築物は 永続性を持たないものと見なされています。Julian「これは未来のイメージと合うでしょうか?」「もし2050年に立て直されるとしたら、建築家たち はこれを20世紀の歴史的記念碑にするでしょうか?」


 Julian also turned the skyscrapers of Shiodome area, the opposite side of Nakagin Capsule Tower Building, and focused on the monorail and pedestrian bridges. “In 20th century, overhead traffic system was useful because of space, and these blue pedestrian bridges are also useful to save children from traffic accidents... and these has some romantic stories, like a girl and a boy falling in love, a musician getting a dream.”
Julian asked “So, a pedestrian bridge is private or public space? Which parts of the city belong to you?”

Julianは、中銀カプセルタワービルの反対側にそびえる汐留の高層ビルの方を向き、モノレールと歩道橋について言及しました。「20世紀には、こういった上空の交通システムが空間利用の点で、また歩道橋は子どもたちを交通事故から守る意味でも有効でした。そしてロマンティックな話ですが、歩道橋は若い男女が恋に落ちる場所、ミュージシャンが夢をつかむ場所としても知られています。歩道橋は私的空間でしょうか。公共空間でしょうか。あなたはどちらの側面に属していますか?」




◎ Ginza 4-chome crossing(銀座4丁目交差点)
This is the crossing, where the land price is the highest in Japan, designed with western way in 19th century. At that time, many bricks were used to construct. West side of the crossing has been the merchandise area since 19th century, showing consumer culture. Some new ideas were born, “Ginbura (means walking around Ginza)”was one of those. Wajiro Kon did fieldworks in 1920s, known as “the study of modern social phenomena(Kogengaku/考現学).” And east side has been the business district. But now there are more shops in the east side.

この交差点は、日本で一番地価の高い場所です。19世紀に西欧の方法でデザインされました。当時はたくさんのレンガが建築に使われ、交差点の西側は商業的な場所になりました。いくつかの新しい概念が生まれ、「銀ブラ」はその一つです。今和次郎は1920年代にフィールドワークを行い、それは考現学として知られています。東側はビジネス街でしたが、現在では東側にも商業店舗が増えてきています。


◎ Tokyo International Forum(東京国際フォーラム)
This was super-expensive convention centre, designed by the architect, Rafael Viñoly. This has curve like railway line, and 3 boxes line up in diagonal.

建築家ラファエル・ヴィニオリによってデザインされた、超高額なコンベンションセンターです。線路のようにカーブがあり、斜めに3つの建物が並んでいます。



◎ The Mitsubishi Ichigokan Museum (三菱一号館美術館)
This building was built in 1895 by the architect Kingo Tatsuno, and rebuilt 3 years ago. Buildings in this area which belong to Mitsubishi Co.ltd. were made by bricks like London, and used to be called London-Block. Brick was the symbol of western civilization. But after the earthquake in 1923, the buildings were destroyed and reborn as a concrete city.
Julian said “This historical preservation by replant is often looked now in Tokyo. In Marunouchi, it looks like a common-sense approach to form lost past.”

この建物は1895年に辰野金吾によって建てられ、3年前に再建されました。この辺りの建物は三菱商事に属しています。ロンドンのようにレンガ造りの建物が多く、ロンドンブリックと呼ばれるようになりました。レンガは西欧文化の象徴です。しかし1923年の自信に寄り、建物は壊れ、コンクリートによる都市として再生しました。Julian「この歴史保存は現在の東京においてしばしば見られます。丸の内では、まるで失われた過去を生成する手法として常識となっているようです」

◎ Tokyo station(東京駅)→ KITTE(キッテ)
This is the center of train system in Japan.
100 years ago, the imperial railway was drew up for leading to Taipei. And the station building was designed by Kingo Tatsuno. This western-like architecture had a special entrance for the emperor, known as Marunouchi entrance now, leading to the boulevard for the imperial palace.
Across the street, you’ll find KITTE. In 1920s, KITTE was built as a post office, designed by Tetsuro Yoshida, an in-house designer in Ministry of Communications and Transportation(逓信省). It showed an international modernism, “Bauhaus style.” It became old, and renewed as a post office and shopping building in 2013. Marunouchi area, buildings around Tokyo station and KITTE, was re-developed in 10 years.

東京駅は、日本の電車システムの中心です。100年前に、帝国鉄道が台北に続いて引かれました。そして辰野金吾によって駅舎がデザインされました。この西欧的な建築には天皇のための特別な出入口が用意され、現在は丸の内口と呼ばれています。皇居へと続く大通りに面していますね。
道を渡ると、KITTEが見えます。1920年代、郵便局として逓信省のインハウスデザイナーであった吉田鉄郎によってデザインされました。国際的なモダニズム「バウハウススタイル」を見て取ることができます。老朽化のため2013年に建て替えられ、現在は新しい郵便局兼ショッピングビルになっています。丸の内のビルはここ10年で再開発されてきました。


Also, hereby a participant Mr. Nakayama shows his feedback.
参加者の中山さんの感想を以下に掲載します。

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■Nothing is NORMAL
Through field trip, I found lots of interesting objects which I don’t care before. (ex. a statue in front of Shinbashi sta.) Even though I’m Japanese, I felt that Tokyo has some kind of exotic feeling.
Unconsciously we get use to live in this big city with no question. However, I found that this city is full of questions.
It might be an interesting experiment to see the city where you live from eyes of foreign people. It will give you some new perspective of the city.
■当たり前が当たり前でない
今回、Jullianの話やアデレード大学の学生さん達と街を歩きながら、当たり前 なっていた街の景色も、初めて見る人の目を通してみると今まで気づかなかった新しい発見があるのが面白かったです。例えば、新橋駅前の銅像なんて気にした こともなかったし、昔のバラック街の名残があるなんてことも知りませんでした。それから東京の街をまじまじ観察してみると、日本人の自分にとってさえも何 処か異国感があるなと。
自分が東京に出てきた直後は感じたかもしれないことでも、慣れると当たり前になって意識しなくなってしまう。今回は当たり前が当たり前ではないのだということに気づくいい機会になりました。
そして、これは東京だけでなく、他の街でも同じで、自分の街を客観視して見ることの面白さと可能性を感じました。




■Feel story of the city
In Tokyo, you can find many historical objects/architectures which reflect old time life. We can feel some story from those objects and it will make your life in the city richer and happier. One of my friends told me “if you love your city, you feel happy only you live.”
■街のストーリー
銅像や日本初の鉄道資料館など、街のあちらこちらに何らかの昔の面影を残すものはありますが、その意味を考えることってあまり無いなと思いました。
特に東京は進化のスピードが早く、過去のものに思いを馳せる時間なんてないかの様に忙しいですが、街のストーリーを感じながら暮らすことができれば、日々の生活もより面白くなるかもなと思いました。
友人が「住んでいる街を好きになれば、生きてるだけで楽しい」と名言を言っていましたが、街を好きになる一つのヒントがここにあるかもしれません。


■Connected
It was interesting that some student said his impression of the Tokyo is “disconnected.” I think not only foreign people but even Japanese might feel this.
Is there any urban cities where we can feel “connected”? If no, how we can make connected feeling in urban cities?
■つながり
東京のイメージの話の中で「Disconnected」というワードが出てきたのは面白かったです。これは恐らく外国人だけでなく、住んでいる日本人も感じるところなのではないかと。たとえ、日本人でなかったとしても、田舎だったらこうは感じないのかもしれない。
Urbanでありながら、Connectedを感じる街はあるのだろうか。無いとすれば、どういう仕掛けがあればそう感じることができるのだろうか。
「Connect」というワードから深堀するのは一つ面白い視点なのではないかと感じました。


Others
- There was no square in Japan. Instead, bridges had important role before. After railway system was introduced, the landscape of the city was totally changed.
- Japanese architectures have unique rules; those will be destroyed in 40-50 years due to Japanese accounting rules.
- Pedestrian walkways are the place where romance starts.
- MUJI is realization of Bauhous philosophy.
- Along with the decline of Japanese population, urban architecture will change.
■その他気になった言葉
・日本にはスクエアという場所が無く、元々「橋」が大きな役割を持っていた。そして鉄道ができた結果街ががらっと変わった
・日本の建築は40-50年で壊されるという考え方(減価償却上、価値が無くなる)
・歩道橋は出会いが生まれる場所(!)
・無印良品はバウハウスの実現(!)
・日本の人口はこれから減少していく。それに伴い都市建築的にも変わっていくはず




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Through the trip, participants got to know how the cities/area was developed and its meaning. At first, students from University of Adelaide had futuristic impression of Tokyo, but they found some retrospective/nostalgic images especially around Shimbashi station and Tokyo station.
街がどのように作られたかという歴史とその読み解き方を知ったことで、普段は見過ごしてきた風景が意味合いをもって感じられるようになったかと思います。また、アデレード大学の皆さんは東京に対して未来的な印象を 持っていたようですが、場所によってそれぞれ個性があり、とりわけ今回訪れた新橋や東京には、昔の様式を模した建築物が多く、懐古的でノスタルジックなイ メージも発見できたようです。



2013年9月11日水曜日

the beginning of Critical Studio 2013-14 “CITY TALES"

On 7 September, the second season of Critical Studio started, which is a training program by SHIBAURA HOUSE for young creative people and students. The moderator, Mr. Julian Worrall (an architect, writer, and Associate Professor at Waseda University) explained the program.  
将来的にグローバルな活動を目指す若手クリエイターや学生を対象としたプログラムCritical Studio。2年目となる今期のテーマはCITY TALES。参加者は、様々なジャンルで活躍する20-30代の学生・社会人計7名です。


This season’s title is “CITY TALES”. Participants will learn through 12 workshops by international guests and make creative propositions towards urban spaces. The program will be structured for a six months period divided in three phases.
1. GLOBAL+REGIONAL (September-October)
2. COMMUNITY (November-December)
3. PROPOSITION (January-February)

初日となった9月7日は、モデレーターのJulian Worrallさん(建築家、ライター、早稲田大学准教授)によるオリエンテーションと、参加者の紹介が行われました。
今回は「CITY TALES—都市にまつわる話」という実験的なテーマを取り上げ、都市空間を魅力的にするためのクリエイティブな提案を考えます。まずJulianさんは都市についていくつかの話をしました。「およそ90%の人が都市に住むここ東京で、私たちが『(おそらく自然や村のイメージを持って)故郷・古里』と感じるような快適さとは何でしょうか。…また、都市に生まれ都市を作っているにも関わらず、建築家ではない市井の人々に焦点が当たることは少ない。このような見えない都市の要素(blindness)を見て、そしてどのような行動をするのかをヴィジョンを持って位置づけること、これが今回の目的のひとつでもあります。」
そして6か月間のプログラムを通して行われる12回のワークショップについての説明が行われました。3つの異なるフェイズに分かれ、9月から10月は、1. GLOBAL+REGIONAL 、11月から12月は、2. COMMUNITY、そして最後のフェイズとなる1月から2月は、3. PROPOSITIONとし、最後は参加者が自らの考えを発表します。


* You can read the program and guests here. Also here is the introduction document.
* プログラム・ゲストはこちらからご覧いただけます。また、Julianがオリエンテーションに使ったスライドデータはこちらから。
 

オリエンテーションに次いで、参加者の他者紹介タイム。普段どんなことに興味をもっているのか、どんな活動をしているのか、CITY TALESに参加した動機、将来どんなことをしたいのかなどを2人1組でインタビューしあい、そして互いのパートナーを紹介しました。参加した動機として、ウェブ制作の仕事をしている井本さんは「普段の仕事とは違った分野のことを学んで自分の幅を広げたかった」とのこと。またコンサルの仕事をしている中山さんは「今後、自分の故郷を盛り上げる活動をしたいと思っていて、都市というテーマに惹かれた」とのことでした。
 

In the ends, Julian ask some questions. "Is the city culture, or nature?" "Who makes the city?" "Which parts of this city do you feel close to, that you “belong to”?" "What is your image of Tokyo ?" "What sensory experiences of Tokyo do you have that especially strong ?" "What spaces in the city do you associate with fear or excitement ?" "What time or era do you particularly associate with Tokyo ?" "Does Tokyo have more in common with other big cities(e.g. London, New York, Shanghai) than with other parts of Japan ?"
最後にJulianから提示されたのは、都市を考えるきっかけとなるいくつかの質問。「都市は文化なのか、それとも自然なものなのでしょうか」「誰が都市を作るのでしょうか」「この都市のどの部分に近づきやすさ、つまり『属している』と感じるのでしょうか」「あなたの東京のイメージとは」「特別に強く知覚する東京での体験とは」「不安あるいは興奮と結びつく、都市における空間とは」「特に東京を連想する時間や時代はいつでしょうか」「東京は、国内の他地域よりも他の大都市(たとえばロンドン、ニューヨーク、上海)と共通しているでしょうか」

The first workshop will begin next week. 
このような問いが投げ掛けられつつ、いよいよ次週からワークショップが始まります。